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2010年4月17日 (土曜日)

春4月「武蔵野のソロの芽吹き」

 立川市ゆかりの詩人・尾崎喜八の「旅と滞在」には数枚の風景写真が掲載してある。
 気になる一枚があった。
 「武蔵野のソロの芽吹き」昭和7年4月著者撮影と添え書きがある。
 どうも見覚えある風景だ。
 早速確認に出掛けた。
 下段のカラー写真は4月16日撮影した。
 正に春の芽吹きを感じた。
 この雑木林は、玉川上水緑道に接する小平市上水新町の樹林地「市指定保存樹林」の写真だが、一般的に「ソロの木」と呼ぶという。
 「ソロの木」はシデ三兄弟のことで、「シデノキ」「ソロ」「コソネ」を「ソロ」とまとめて言うらしい。
 はじめて知った。
 このような雑木林は、玉川上水沿いに延々と続いていたようで、武蔵野の風Sinnden_kaihatu_2景を代表していた光景だ。この辺りは、江戸時代の新田開発の名残があり、砂川新田、榎戸新田、小川新田などの歴史がある地域だ。

五日市街道沿いに進められた新田開発は、一戸一戸が短冊状に区切られ、どの農家も家屋、農地、雑木林にと利用地を定めていた。雑木林からは、薪、落ち葉からは肥料として長年利用していたようだ。
 また、この辺りは関東ローム層の土地で、風が吹くと砂埃が舞い上がり農家を困らせていたことから、防風林の目的もあったと推測する。
  このような風景も、昭和40年ころから住宅地に転用されはじめ、今では、保存林として一部に残るだけになった。

 詩集「旅と滞在」の中には、撮影場所を特定できるよにうな記述は何もない。
 推測出来るヒントは、田舎という言葉が所々に見えるだけだ。
 尾崎喜八からすると、田舎とは、父親・尾崎喜三郎の生まれた東京・砂川村(現立川市若葉町)を指すのではなかろうか。
 この写真は、父親の生家辺りのソロの木の可能性が高い。

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Soro

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