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2010年4月 5日 (月曜日)

在日が帰国しないのは階級制度

 日本に住む多くの朝鮮半島出身者が、日本が嫌いでも帰国しない理由や、強制連行されたと言うが本国に帰えせとは絶対に言わない。
 その、帰化したくても帰化できない理由などに、少しだけ触れたい。
 後で下段の動画で、韓国の大学教授の話をよく聞くがいい

 黄長燁(ファンジャンヨプ)(86)元朝鮮労働党書記が4月4日来日した。
 日程は発表することはない。日本国内には朝鮮半島南北で敵対する構図がそのまま存在し、命を奪おうとする輩が沢山いるからだ。
 ところで、黄長燁氏は日本語がペラペラだ。
 86歳という年齢からすると20歳過ぎまでは、日本語で生活していたことになる。
 日韓合併は1910年(明治43)に行われているから、黄長燁(ファンジャンヨプ)氏は当然、生まれたときから日本人として育ち日本の教育を受け、日本名で生活していたのだから当然と言えば当然だ。

 よく、「植民地」といえば、欧米列強がアジアやアフリカ諸国でとった搾取・差別・略奪が伴ったことを言うが、日本がとった方法は合法的「合併」だった。合併政策により、日本の国家予算の何割かを、朝鮮人民の生活向上や、教育、鉄道、道路、港湾などのライフラインの整備にあてたという。
     ※「日韓併合前後 朝鮮半島写真館http://photo.jijisama.org/
 搾取より、与えた方が多かったのだ。
  特に、合併前の朝鮮半島の暮らしぶりは貧困にあえぎ、1922年誕生した共産主義国家ソ連の南下政策で植民地化寸前だった。このような、ギリギリの場面で朝鮮に、ソ連による共産化を取るか、日本との同化を取るかを選択させた経緯があった。
 
 また朝鮮半島の暮らしぶりで有名なのが、厳しい階級制度を挙げることができる。
  朝鮮半島の身分階級は厳しく、大きく分類すると、良民(両班、中人、常人)、賤民(奴婢、白丁)(奴隷制度)があった。
 日本の士農工商/穢多・非人より、もっと厳しい身分制度だったという。
 そして、この身分制度は、今も暗然と残っているという。
 家系の正統性や優秀性を証明する「本貫」のことを知れば分かることだ。
  おもしろいのは日本国の礼節が、相手の存在を認めることから始まるのに対し、儒教の国の礼節は、相手の存在の否定から始まるという。それは、常に蹂躙し蹂躙されたという土地柄と、奴隷の歴史の中から生まれたものだという。
 この国の人達が初対面の人に愛想笑いをしない理由もここにあると言う。
 相手の出身や年齢を知るまで、油断しないのだそうだ。
 「なるほど」とうなずける話だ。
  日韓合併の話に戻ると、合併により日本と朝鮮の行き来が簡単になると、朝鮮半島から、最下級身分(奴隷)の者の多くが、抑圧から逃れるために日本に続々とやってきたことも納得できる。
 日本は身分制度や民族差別は殆どなく、住み易い国と見られていた。
 かえって、差別は朝鮮半島での厳しい身分制度を知るコリアン同士に尾を引いてあるそうだ。

 少なくとも、最下級で奴隷生活しているよりは、日本が良かったはずだ。
 今、日本で生活している多くの朝鮮人関係者は、その奴隷の子孫だ。
 帰国しても、土地もなく(元々持てなかった)生活基盤はなにもないのだ。
 つまり、生活基盤が本国にあったコリアンは皆帰国したと見ていい。
 それから、日本敗戦から3年後の
 1948年に始まった「済州島四・三事件(済州島民が赤化し大量虐殺された事件)」で日本に脱出した島民のことにはいずれ触れたい。元島民から苦労話を直接聞いたことがある。日韓併合当時に来日したコリアンとは事情が違うようだ。
 
 韓国や北朝鮮が在日を返せと言わない裏には、このような事情があった。 
 もっとも戦後、GHQの「半島出身者は全員帰国をさせよ」という指令で、戦後1946年3月までに在日朝鮮人のうち、140万人が帰還している事実がある。
 それでも帰国しなかった大きな理由は、
 「再び、元の白丁などの身分・階級に戻るのはイヤだ」
 「徴兵から逃れたい」、
 「貧乏生活に戻るのはイヤだ」
 「日本は裕福で暮らし易い上に、差別がほとんどない
 などの理由からだ。
 高齢のコリアンが近くにいたら確認したらいい。
 最後に帰化のことに触れると、「白丁(パクチョン)」には、日本でいう戸籍「族譜」がないこと、あるいは、密入国している等で書類が揃わない理由も存在するという。

 追記するが、「特別永住者」は2003年からは、以前、帰化申請に必要だった「帰化の動機書」を作成・提出の義務がないので帰化し易くなったそうだ。
 これにより、申請者の親族等からの渡日の経緯や戦後に帰国しなかった理由等の記載は大幅に簡略されたと聞く。
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuunanadai


 さらに追記すると
 済州島(チェジュド)では、昭和23年から
大量虐殺事件があった。
 この事件は数年におよび、難を逃れるために日本に大量密入国している。
 2005年の記録では、同島出身の在日は9万9421人、全在日の16.6%にのぼる    が、この事件が切っ掛けで入国したのは何%かは不明。
 1980年代になり、ようやく事件の調査が始まったという。
 一世、二世の「済州島」出身コリアンなら、この事件で入国したと見ていいし、戦後、一旦は済州島に帰国した在日も、この事件で舞い戻ってきた島民も多いそうだ。

済州島(チェジュド)出身有名人
 
在日の17%が済州島出身といわれる
 当時、島民の「八割以上が赤化した」と言われ、いわゆる「赤刈り」から逃れて日本に大量密入国している。

 
一世、 姜在彦(カン ジェオン、1926年 -作家・歴史家)、ヘウニ(歌手)、金時鐘(作家)、呉善花(評論家)、チェ・ホンマン(崔洪万)(格闘家)、宋ボベ(송보배)(プロゴルファー)、姜珉鎬(カン・ミンホ、韓国プロ野球ロッテ・ジャイアンツ捕手) 、
 二世、 金石範(作家・両親が済州出身)、梁石日(作家・父が済州出身)、竹田青嗣(文芸評論家)、文京洙(政治学者)、李政美(歌手)、高橋順伊(ミュージカルアクター)、和田アキ子(歌手・父が済州)
http://www.mindan.org/toukei.php

人間家畜の奴婢制度
 奴婢は品物のように売買・略奪・相続・譲与・担保の対象になった。
 かれらはただ主人のために存在する主人の財産であるため、主人が殴っても犯しても売り飛ばしても、果ては首を打ち落としても何ら問題はなかった。
 それこそ赤子の手を捻るように、いとも簡単に主人は碑女たちを性の道具にしたものであった。奥方たちの嫉妬を買った碑女は打ち据えられたり、ひどい場合は打ち殺されることもあった。外観だけは人間であるが主人の事実上の家畜と変わらなかった碑女たちは、売却・私刑はもちろんのこと、打ち殺されても殺人にならなかったといい、韓末、水溝や川にはしばしば流れ落ちないまま、ものに引っかかっている年頃の娘たちの遺棄死体があったといわれる。局部に石や棒切れをさしこまれているのは、いうまでもなく主人の玩具になった末に奥方に殺された不幸な運命の主人公であった。
(『ソウル城下に漢江は流れる―朝鮮風俗史夜話』林鍾国、平凡社1987)

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コメント

神戸・三ノ宮の二足わらじを履いている組織の方から安岡正篤の名前はここ最近聞いた事があります。頭山満の名前は以前から知っています。しかしそれがどうしたといわれればそれまでで、実際我々庶民にとってはまったく関係のないことです。こういったコメントには一切手を付けずに来たのですが、一言。在日というのは韓国人でも朝鮮人でも、もちろん日本人でもないということです。まったく新しい種族といってもいいでしょう。中国における華僑のようなもので、来日の理由も帰らない理由もさまざまです。日本に生まれて68年生きてきましたが最高にラッキーだったと思っています。それ以外の人生はあり得なかったと。それ以外の国、考えただけでもゾッとします。

投稿: 金 信広 | 2015年1月29日 (木曜日) 午前 08時25分

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