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2010年4月16日 (金曜日)

天安門事件の真実が明かされる

 「天安門のパンドラ」日本語訳が、本日4月16日発売される。Photo
 パンドラの箱とは、ギリシャ神話に登場する災いをもたらす箱の名であり、その箱を開けた女性の名がパンドラという。
 つまり禁断の扉を開く際に例えられる。
 著者は事件当時、北京大学の大学院生だった劉剛(リュウガン)氏。
 かつて、この事件をNHKは「大虐殺がなかった」と報じたことがあった。おぞましい国営放送NHKにこそ怖ろしさを感じる。

 「天安門事件」は平成元年、1989年6月4日の未明、北京の天安門広場で、民主化を要求して座り込みを続けていた学生と市民を、中国共産党・人民解放軍は無差別に発砲し、戦車で踏み殺した大量虐殺事件だ。
 平成元年のことで、最近の虐殺事件とも言える。Images
 中国に低姿勢の日本マスコミは遠慮して詳細を報道しなかったが、虐殺事件後、国際人権団体などの発表では、天安門広場で死者1万人程度、それ以外の場所を含め計2万人が虐殺されたといわれる。
  しかしながら、2008年1月24日、NHKは「クローズアップ現代」という権威ある番組で、天安門事件の大虐殺がなかったと報じたのだhttp://youtu.be/C-8a255cx5c 
 NHKは、中国当局と取り引きした工作員の意見をそのまま放送するようなところであり、 NHKは、この本のことはまず取り上げないだろう。
 かつての放送と矛盾するからだ。Images_1
 事実を下段の動画でシッカリと確認して欲しい。
 このような国に、日本の国会議員は大挙して教えを請いに出掛けていたことは記憶に新しいが、今も赤い国・中国になびく、大手マスコミや有名知識人は多い。

 それから、共産革命には暴力、虐殺必ず伴うもので、共産党政権移行後も政権維持のためには、このような大虐殺と暴力は当然のごとく、日常的に行われることを覚悟すべきだ。文化大革命では3千万人以上を殺したのだから、2万程度では驚くことはないとも言える。
 日本の知識人、インテリ、マスコミ人には、まだ、このような共産主義国にあこがれを持つ人が多Photo_2い。
 それから、暴力革命を標榜する日本共産党も同様だ。
 「衣の下に鎧が見える」と、よく指摘されている。
 もっとも暴力が伴わない革命など聞いたことがない。
 虐殺は必ず伴う。
 http://www.jcp.or.jp/jcp/Koryo/index.html
 今は「確かな野党」などと甘い言葉で国民を引きつけ、革命を行う環境の醸成と党員拡大などの実力を蓄えているところだ。
 ゆめゆめ「共産党を甘く見るなかれ」、表と裏がハッキリしている党だ。
 それは誕生の歴史をみればハッキリする。
 スターリン率いる国際共産党(コミンテルン)の日本支部として発足した恐ろしい党だ。
 自主独立路線などと言いながらも、党名要綱には強い拘りを持っている。
http://hiroshima.cool.ne.jp/h_sinobu/nikkyoukako.htm
 身ぶるいするほど恐ろしいことだ
 こんな政党にも、日本国民の5%前後の支持者がいる。
http://81.xmbs.jp/piroshigogo-222215-ch.php?guid=on
■共産党が日本国内に張り巡らせた大衆組織 が存在する。
 http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-e469.html

劉剛(リュウガン)氏
 1961年生まれ。吉林省遼源出身。1982年に名門・中国科学技2009術大学を卒業後、北京大学物理学部修士課程に入学、「オルグのプロ」として頭角を現す。天安門事件では王丹、ウーアルカイシに次ぐ名簿第三位で指名手配。1989年6月、逃亡先の河北省保定で駅員に通報され、拘束。政府転覆の罪状で6年間の服役中、不屈の抵抗を続け、「秦城監獄の鉄血の男」の異名をとる。満期出所後、香港の活動家の支援で1996年4月30日、アメリカに亡命。

■中心人物の一人の「証言」「天安門のパンドラ」発売2010年4月16日
 中国の民主化運動が血の弾圧を受けた1989年の天安門事件について、首謀者の一人とされた元学生活動家の「証言」が日本語に翻訳され、「天安門のパンドラ」(扶桑社)として16日発売される。
 惨劇の序曲となった80年代半ばの中国民主化運動や、活動家の獄中での抵抗ぶりが、著者の体験に基づく実録小説として初めて生々しく描き出されている。作品を執筆したのは北京大学物理学部の大学院生だった劉剛氏。
 事件に絡む中国当局の指名手配リストでは、王丹ウアルカイシの両学生リーダーに次ぐ重要度3位に挙げられ、中国での逮捕、投獄を経て、96年に米国へ亡命した。
 今回の作品は、天安門事件から20年を経た昨年、香港で出版され、中国の民主化に関心を持つ人々の間で注目を集めていた。
 劉氏は、「フリーダム」(自由)をもじった「符瑞(フルイ)」の名で、作品の主人公として登場。北京大学を舞台とした「民主サロン」や、当局の選挙干渉との戦いなど、民主化運動の内幕を、運動の渦中にいた当事者ならではの筆致で再現した。
 米東部ニュージャージー州在住の劉氏は、「私の回想談にとどまらず、いくつかのフィクションを交える小説的な手法を取ることで、事件を知らない若い世代に天安門事件の悲惨さを伝えたかった」と語った。「天安門のパンドラ」については、天安門事件を現場で取材した本紙の伊藤正・中国総局長が5月1日発売の月刊「正論」(6月号)で、詳しく解説する。 

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中国・人民解放軍は何をやってきたのか
 
日米関係への影響も懸念された国会議員を含む総勢620名以上での訪中の折、民主党・小沢幹事長が自らを「人民解放軍の野戦軍司令官」に例えた、その「人民解放軍」とはそもそもどのような組織なのか?日中情勢について言論活動を展開しておられる評論家の石­平氏をお迎えし、実質的に国軍であるとはいえ、あくまでも共産党の軍事組織で匪賊がルーツであるという成り立ちや、チベット、インド、ソ連、ベトナム、そして天安門事件など、国内外で戦乱や弾圧を繰り返してきた。

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