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2010年3月23日 (火曜日)

月やま会館の隣は浅右衛門邸

 最近、千代田区平河町1丁目に 「月やま会館」(山形県東京宿泊所、平河町1-3-4) という山形県人のための宿泊施設がある。
 1階には「山塞」という山形料理を出す店もある。Tukiyama21
 そして、隣には第一生命ビル(平河町1-2-10)があるが、この隣りは「山田浅右衛門」という、公儀介錯人(正式な役職ではない)の屋敷があった場所だ。
 「山田浅右衛門」は、将軍吉宗の時代の山田浅右衛門から始まる。 「山田浅右衛門」というのは「屋号」のようなもので代々世襲された。
 八代まで続いたが七代・八代目は「浅」から「朝」に変えている。
 この家は明治初期まで続いたという。
 明治に入っても需要があったようだ。
 斬首刑の執行は正確には「副業」で、本業は「公儀御試御用」といって、将軍家に納められる刀剣の切れ味を実際に「試し斬り」する役職だった。
 ただ、身分はあくまで浪人であったという。
 「月やま会館」を利用する山形県人のために断っておくが、何もこの屋敷で首斬りをしていたわけでない。最近も用事でこの前を通ったが、この辺りは様変わりして昔の名残は全くない。かろうじて直ぐ近くの「平河天満宮」に名残がある。
 「平河天満宮」に関して付け加える。
 「天満宮」とは菅原道真公を奉った神社で、関東の三大天神は「亀戸天神社」「湯島天満宮」「谷保天満宮」といわれ、平河天満宮は入っていない。
 しかし、太田道灌の時代から大切にされた歴史ある神社の一つだ。
 それに、平河町一丁目辺りは「赤穂浪士」17人が、討ち入り前に4軒に分散して潜伏していたところでも有名だ。
 それから、「月やま会館」のホームページでは、「平成19年3月31日から宿泊部門を休業することとなりました。」職員厚生課.023(630)2037とある。
http://www.jan.ne.jp/~tukiyama/
 都心の一級地にあるのにもったいない話だ。
 立派な建物だったが、どのように利用されているのだろう。
 運営は(財)山形県職員互助会というが、税金は使われていなのだろうか。
 互助会だけで運営しているのなら、凄い財政力だ。
 食事は出来るようだったが、利益はあるのだろうか、山形料理なのだろうか。
 稼働率はどうなのかなど、余計なことだと思うが、いろいろ心配になる。
  http://www.pref.yamagata.jp/pickup/opinion/search/2005/05/0112.html

 なお、山形県庁のホームページでは、「空室がある場合には、一般の方にもご利用いただいております。 その際の利用料金につきましては、上記の理由により、職員と若干の料金差はありますが、近隣の宿泊施設を参考に利用しやすい料金設定とさせていただいているところですので、御理解をお願いいたします。」などと、今も宿泊施設として利用できるかのような内容になっているので気づいたら修正したほうがいい。

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