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2010年3月24日 (水曜日)

首斬り「山田浅右衛門」の回想①

 明治15年(1882)1月1日に刑法が改正され斬首刑は廃止となった。Photo

 よって、明治14年(1881)7月24日、山田吉亮(よしふさ)(七代目山田浅右衛門吉利の三男)が市ヶ谷監獄署内で、強盗殺人犯の巌尾竹次郎と川口国蔵の二人の斬首刑を執行したのが、首切り役人・山田吉亮(よしふさ)が最後に行った斬首(吉亮は八代目浅右衛門を名乗っていない)となる。
 山田吉亮は、吉利の三男であったが、12歳で初めて刑場に入って以来、兄弟の中では最も多く刑の執行を担当し、8代目長男の吉豊に代わる働きをした。
 つまり、山田浅右衛門の名は、兄である長男の吉豊が継いでいるので、閏8代目、あるいは裏8代目と呼ぶ人がいる。

 吉亮が、斬首刑が廃止となった後に、昔語りとして斬首のことを語った事で、あまり知られていなかった闇の部分が明らかになった。
  この記録は、「報知新聞」に1908(明治41)年7 月連載された。
 ※「村野薫著「日本の死刑」から
 「語り口」や漢字が変換できない箇所があり、原文をコピーして掲載することにした。

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