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2010年3月26日 (金曜日)

刀剣界の両山は、庄内出身

 昭和40年代後半まだ23~4歳の頃、刀剣収集の趣味を持つ上司の家に呼ばれた。K_1_2自宅には十数振りの刀が有り、それは見事なものだった。
 なんの知識もなく、「凄いですね」の感嘆語しか思い浮かばなかった。
 呼ばれた理由は、刀剣に関心を持った人なら誰でも知っている鶴岡出身の佐藤寒山、酒田出身の本間薫山と私が同郷出身と知ってのことだった。
 佐藤寒山は新刀、本間薫山は古刀の研究で知られ、
 刀剣好きの間では、「両山」と言えばこの二人を意味するという。
 今も記憶に残っているのは、白鞘の横に筆で書かれた良く読めない文字だった。『鞘書き』ということも後で知った。
 この程度の知識で、刀剣のことは、とんと忘れていたことだったが、昨日、酒田出身の友人らと食事をした際、「山田浅右衛門」の話題から、この両山のことに話が移った。そして、「佐藤寒山先生の鞘書された刀を持っているから見に来て」という話になった。鑑定書付きというから、まず本物と思うが楽しみなことだ。
 ただ、骨董美術品の世界では、「売ります、買います騙します」などと、当然の如く言われる世界だから、偽物(ギブツ)の疑いをもって見ることも大切だ。
 相当の目利きの方も、騙される恐ろしい世界らしい。
 なお、歴代の首斬り「山田朝右衛門」は、刀剣鑑定の権威をもっていたが、特に七代目・吉利(よしとし)は刀剣鑑定法を確立し、刀剣の世界からは切っても切れない関係だという。山形県庄内地方と「山田浅右衛門」が、面白いところでつながったものだ。
佐藤寒山Kanzan
 本名:佐藤貫一、明治40年4月13日山形県鶴岡市生まれ、
 日本刀研究の権威として知られる。
 日本美術刀剣保存協会常務理事。
 刀剣博物館副館長。
 従四位・勲三等・文学博士(國學院大學)。
 特に新刀の研究で知られる。
 古刀の研究で知られる本間薫山と並んで両山と呼ばれる。
 昭和53年2月26日死去。
本間薫山
 本名:本間順治。明治37年4月16日、山形県酒田市生まれ。
  国学大卒、文学博士。日本美術刀剣保存協会元会長。
  刀剣界に多大な功績を残した。
  1965年「本間美術館」の初代理事長に就任。Image_kaicho_honma
 「日本美術刀剣保存協会」を設立し会長となった。
  平成3年8月29日死去。87歳。著作に「日本刀」など。
 昭和時代の日本刀研究第一人者。

■財団法人「日本美術刀剣保存協会
  http://www.touken.or.jp/gaiyou/index.html

全日本刀匠会http://www.tousyoukai.jp/

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