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2010年3月10日 (水曜日)

庄内で撮影「花のあと」

 昨年21年4月から山形県庄内地方を中心に撮影が進められていた映画「花のあと」が完成し、3月13日から全国で一斉上映される。

 この映画は、鶴岡市出身の作家・藤沢周平の短編小説が原作だ。
 映画の撮影には、鶴岡市や鶴岡市観光連盟、羽黒町観光協会などが、ロケ地探しの協力やエ1007806_01キストラの確保など全面的にサポートしていた。主なロケ地としては、鶴岡公園、旧庄内藩校「致道館」、羽黒の「玉泉寺」、羽黒山の「斎館」などが舞台となったそうだ。
 この映画も、「たそがれ清兵衛」「武士の一分」「隠し険 鬼の爪」「蝉しぐれ」「山桜」などに続くヒット作品になるであろう。

 監督は中西健二、主演に北川景子、共演に甲本雅裕、バレエダンサーの宮尾俊太郎、歌舞伎役者の市川亀治郎、柄本明、國村隼ほか。主題歌「花のあと」は一青窈が歌う。
Photo
  主演の北川景子さんは、「映画の見どころは?」の質問に、「原作の舞台となったところで、桜が一番美しい時にロケができ山形の美しい映像も楽しんでいただきたいですし原作をご存じの方も多いと思いますが、藤沢さんの原作を読んだことがない人にも感動してもらえる作品になったと思います。がんばった殺陣のシーンもみてください」とのことだ。
都内の上映場所
中央区丸の内TOEI 2 03-3535-4740
新宿区 新宿バルト9 03-5369-4955
墨田区 楽天地シネマズ錦糸町 03-3631-7020
品川区 品川プリンスシネマ 03-5421-1113
練馬区 T・ジョイ大泉 03-5933-0147
立川市 立川シネマシティ 042-525-1251
町田市 109シネマズグランベリーモール 0570-012-109

映画「花のあと」原作:藤沢周平 撮影:山形県庄内地方   http://www.movieon.jp/2009/11/movie-on-4.html
 「花のあと」の原作は「以登女お物語
 「七十五歳まで生きた先々代の殿・雲覚院はさばけた方で、春の季節になると、家中の女子どもに城の二の丸に入ることを許してくれた。今は許されなくなった昔の話である。
うわさがあった。それは花見の女子どもの中から見目の良い娘を物色しては御城に召したというのだ。事実かうわさかは知らぬ。」
この話をしていたのは以登である。
 五十年前の以登は十八で、年相応の花やぎを身にまという娘だった。もっとも、美貌ではなかったが。
――花見も終え、帰り支度をした以登に声をかけた若者がいた。
若者は羽賀道場の江口孫四郎と名乗った。以登が先日の試合で見事に勝ったことを知っていた。
 江口家は平藩士、以登の寺井家は組頭である。以登の心は浮き浮きしていた。それは羽賀道場の逸材として剣名の高い江口孫四郎に出会った喜びが含まれている。
 江口は以登の剣をたかが女子の剣法とは侮ってもいなければ、組頭の娘であることもおもねってもいなかった。以登を好敵手として認めていたのだ。それが嬉しかった。
――以登の父・甚左衛門は組頭から上には出世できなかったひとだったが、夕雲流の達人だった。その父から以登は剣の手ほどきを受けたのだ。
 江口孫四郎と会う直前に以登は婚約がととのい、婿を迎える身となっていた。その前に、甚左衛門は丹精して育てた以登の剣を外で試したかったのだろう。羽賀道場で試合をさせたのだった。
――以登は江口孫四郎と試合をさせてほしいと父に頼んだ。それは恋でもあった。父はこれを了承したが、場所は屋敷で行うことになった。
江口孫四郎がやってきた。以登の剣は江口の前では全く通用しなかった。そして父・甚左衛門は以登に気が済んだかと聞いた。
 以登には婿となる男が決まっている。二度と会うことはならなかった。それに、江口の方でも縁組の話が進んでいるらしい。以登は胸の中で終わった恋の行方を追っていた。
――ひょんなことから江口の相手が分かった。勢津が教えてくれたのだ。以登とは御稽古仲間だ。
相手は加世だという。それは聞き過ごしできぬ名前であった。加世の家は三百石の奏者の家柄で、才はじけた美人である。
 その加世にあるうわさがあった。妻子ある男と通じているというのだ。相手は藤井勘解由。若干三十歳で用人に挙げられた切れ者だ。
その噂から一年。江口との縁組を受け入れたということは、藤井と切れたということなのか...。
以登は、孫四郎に加世は似合わないと思った。それに奏者の役も似合わない。
――それから一年近くたった四月の末。
 城下から二里ほどのところに湯治場がある。以登がそこに行ったとき、加世と藤井勘解由が一緒にいる現場を見てしまった。白昼、ひともなげな。
 このままでは済むまい。以登は暗い気持ちでそう思った。いずれは孫四郎にも知れるだろう。知れれば血が流れ、孫四郎自身も無事ではいられまい。
不吉な予感は二年後に、裏書きされた。孫四郎が自裁したのだ...。
――以登は許嫁の片桐才助を呼んだ。才助はいたって風采の上がらない人物だったが、江戸の高名な塾に学問に出て、再び戻ってきていた。孫四郎は江戸で自裁していた。
 才助は調べることを受けあった。
――孫四郎の自裁にはやはり藤井が絡んでいた。孫四郎は奏者としての藩の使者となったが、致命的な失態を犯したのだ。だが、このすべての指示を出していたのが藤井勘解由だった。
 孫四郎は藤井と女房の密通をうすうす気づいていたらしい。後は才助の推測だが、藤井が先手を打ったということのようだ。
それに、藤井には何やら後ろ暗い気配があるともいう。どうも奸物の匂いがすると才助はいう。
――以登が藤井勘解由を呼びだしたのは、夏の終わりごろだった。詰問をしても、薄ら笑っているだけだった。その姿に、さすがの以登も背筋が冷たくなった。それに藤井は無楽流の居合を遣うという。侮れない。
 藤井は以登がここに来たことを知っているものがいないと知ると、するすると後ろに下がった。以登を亡きものにしようとしているのだ。
 だが、逆に以登は間合いを詰め、勘解由の刀が鞘走る寸前に、懐剣で胸を一刺しした。

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