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2010年2月 5日 (金曜日)

大相撲とノモンハン事件

 大相撲もこれまでのことを反省し改革しないと、日本軍の解体と同じ轍を踏むことになりかねない。置かれた現状は似ていると思う。

 横綱・朝青龍の引退発表に関連し、かつてモンゴルで日本軍がこてんぱんにやられたノモンハン事件のことを思い出した。
 モンゴル人の体力や気持ちの強さは、朝青龍、白鵬の両横綱誕生など大相撲のImage0006_3世界で証明されているが、既に70年前のノモンハン事件で実証ずみのことだ。
 モンゴルは、今は国民総生産(GDP)等の規模としては日本よりかなり小さいが、かつては世界を席巻した誇り高い騎馬民族の血が流れている国民だ。

 そして「ノモンハン事件」のことだが、日清戦争、日露戦争、日中戦争で勝ち続けていた日本軍が、はじめて大敗した戦争と言っていい。1939(昭和14)年5月~9月、満州(中国東北地方)とモンゴルの国境ノモンハンで起こった日本・満Nomonhan州とソ連・モンゴル両軍による国境紛争事件のことだ。
 日本側は関東軍1万5千名を動員したが、戦死者は約8千人とされ、約4千5百人の遺体は旧日本軍が収容したが約3千5百人は収容しなかった。まだ本格的戦争勃発前で他の部隊が無傷の頃にも、遺体を収容しないいい加減さは日本にあった。
 
 もっと大切なことは、この戦争相手はソ連軍とあるが、戦いの地はモンゴルであり、兵士の多くはモンゴル人だったという点だ。

 この戦いに一兵卒で参戦した作家・司馬遼太郎氏は、「ノモンハンのことを書こうと思って資料を集めたが、敗戦の反省もなく戦争に突き進む日本軍に憤り、書く気にならない」という趣旨のコメントを残している。ノモンハン事件は日本陸軍が近代化し生まれ変わる大きなチャンスだったのに、この貴重な大敗を無視したまま、大東亜戦争へと突入してしまった。

 大相撲でのモンゴル人の強さは、ノモンハンで日本軍がこてんぱんにやられたことを彷彿させる。国は小さくとも、この気位の高さは見習うべきと思うが、このまま騎馬民族の血を引くモンゴル人が相撲の主役に座っていると、日本文化としての相撲は益々衰退していくことだろう。日本人、特に子供達の相撲離れがすすんでいる。

 また、かつてモンゴル帝国に支配された国々では、それまでの歴史・文化が根こそぎ絶やされたと言われている。

 日本人は農耕民族主体、昔から征服民族と非征服民族という区分けがなく、島国に大勢が住むには和が大切で、地縁が重要だという考えが定着する。そこに神道の考えが育まれ神道のトップとしての天皇家が存在するが、この神道に由来する神事の一つが相撲だ。
 反面、移動しながら生活する遊牧民族・騎馬民族は征服民族と非征服民族という区分けが強く、その土地に定着した歴史や文化など重要ではなく、相撲も金儲けの手段として利用されているだけだ。朝青龍の事業にかける意欲をみればわかる。
 モンゴル人と日本人は同じモンゴロイド (Mongoloid) として顔立ちは似ているが、歴史、文化面では価値観が全く違うことを理解すべきだ。それとも日本は神道からくる融合の精神で、すべてを受け入れるということなら、それなりの覚悟が必要だ。

 大相撲の世界を、当時の日本陸軍と重ねるとおもしろい見方ができるが、なんら反省せずにいると日本陸軍が解体したのと同じ轍を踏むことになる。

 最近、田中克彦著『ノモンハン戦争 モンゴルと満州国』(岩波新書 2009年)が話題になっている。http://book.asahi.com/review/TKY200908040089.html

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