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2010年1月18日 (月曜日)

芭蕉が出羽路で詠んだ句

 元禄2年、1639年3月27日、46歳のときに「奥の細道」 へ旅Okunohosomiti立った芭蕉は、山形県内には約40日間滞在し多くの名句を残している。
数多い名句の中でも、特に庄内に入ってからの句は生き生きとしていると言われている。よほど、ゆったりと心を遊ばせることが出来たのだろう。当時の庄内は、いろんな意味で豊かだったという。

 現在の7月1日は旧暦の5月15日に相当し、松尾芭蕉が出羽路に入った日だ。
 車で帰省する際は、芭蕉が出羽路で詠んだ場所を辿ることが多い。

山形県内で詠んだ主な句
7/1 堺田    『蚤虱 馬の尿(ばり)する 枕もと
  赤倉
  山刀伐峠
7/3 尾花沢  『涼しさを 我宿にして ねまる也
              『眉掃きを 俤(おもかげ)にして 紅花の花
              『這出よ かひやが下の ひきの声
7/13 立石寺『閑(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉の声
7/14 大石田『さみだれを 集めてすずし もがみ川
    天童
    山形
7/17 新庄  『水のおく 氷室尋る 柳哉
  最上川   『五月雨を 集めて早し 最上川
7/19 羽黒  『有難や 雪をかほらす 南谷
               『涼しさや ほの三か月の 羽黒山
7/22 月山  『雲の峰 幾つ崩れて 月の山
     湯殿山 『語られぬ 湯殿にぬらす 袂(たもと)かな
              『めずらしや 山をいで羽の 初茄子
7/23 羽黒 『その玉や 羽黒にかへす法の月
7/26 鶴岡
7/29 酒田  『暑き日を 海に入れたり 最上川
7/31 吹浦 『あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み
<秋田県>
8/1  象潟 『象潟や 雨に西施が 合歓(ねむ)の花
<山形県>
8/3 酒田  『初真桑 四にや断(きら)ん輪に切ん(きらん)』
8/10 大山
8/11 温海

松尾芭蕉略歴
1644年 正保元年 伊賀上野(現三重県上野市赤坂町て出生)
  29歳の春に、江戸に下る。
34歳のときに、神田上水の修理工事にたずさわる。
     文京区関口に住まう。 
38歳より、それまでの「桃青」という号命から「芭蕉」と名乗る。
43歳、「古池や蛙飛び込む水のおと」の句を詠む。深川芭蕉庵にて
44歳、10月「笈の小文」の旅に出る。豊橋、伊賀上野、伊勢、
     高野山、奈良、大阪。
46歳、元禄2年、1639年3月27日 「奥の細道」の旅に出発。
51歳、故郷に戻り死去。

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