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2010年1月26日 (火曜日)

山形開催の「日教組大会」に想う

 団塊世代の一人だが、昭和30年~40年代の日教組全盛の頃、学校の先生方から共産主義や社会主義を讃えた教育を受けて育った一人だ。もっとも、当時は日教組の知識など持っていなかったが、今はあの先生もこの先生もそうだったと思い出すことができる。
 日教組大会やデモ集会があると、その先生が担当する授業が休みになり、自分も含め、生徒達は単純に喜んでいたものだが、当然ながら、尊敬の対象などなりえず、心では軽蔑していた。こんな先生方を恩師などと呼ぶ感情はわいてこないし、会いたいなどと思ったこともない。
 公務員の立場として違法な集会・デモに参加した、その翌日あたりには、その先生方から、「政治に直接参加している実感がある」等と説く報告を受け、何の疑問を持たない生徒は、その意見に賛同している者もいたのだ。
 その、日教組の教育研究全国集会が、厳重な警備態勢のもと1月23日から25日まで三日間、山形市内の「国際交流プラザ」(山形市平久保100)で行われた。
 会議には、文部科学省の高井美穂政務官が出席したが、文部科学省側から来賓が出席するのは、昭和26年の第1回大会以来。全体集会には全国から約3000人の組合員が参加という。

山形市開催の背景
 いつも、開催会場の選定に苦慮している日教組大会だが、良く山形市内で受け入れたものと感心している。
 ただ、受け入れの背景にはそれなりの理由があるものだ。受け入れは、現在の吉村美栄子県知事(日本共産党、民主党、社民党支持)、市川昭男山形市長(民主・社民推薦、共産支持)の意見が大きく働いたものと推測する。現知事や現市長の支持母体をみれば想像が付く。
 保守的と思っていた山形県も、徐々に革新色に染まっていることが憂慮されるが、このような山形になったことは、長年の日教組教育の成果と見ることもできる。
 ちなみに、「現山形市長はかつて過激派の第4インターに所属して、伊藤茂(山形県舟形町出身)社会党中央本部書記局の指揮下に入り、市職労の身で成田空港闘争(三里塚)に駆けつけて過激派闘争活動に精励した経歴があることも、日教組の革命教育に理解ある存在なのであろう。」とある(ニュース源)。

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