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2009年12月26日 (土曜日)

世田谷一家殺人事件・現場の間取り

 現場付近には何度も行ったことがあるが、中をのぞいたことは一度もない。
 関連情報から、宮澤家の概ねの間取りと被害者が発見された位置をCanvas_miyazawa_2示した略図を作成してみたが、中二階と、二階の表現が難しい。

■被害者、宮澤みきおさんは、1982年に東大農学部を卒業。
■宮澤みきおさんは、1987年に米国大手コンサルタント企業の日本支社に入り、シニアコンサルタントの肩書でCI(コーポレート・アイデンティティー)ブロジェクトを手掛けていた。
■そして、1997年3月に同社を退職し、同年7月、同業他社に 転職。更に一年後には、英国の大手経営コンサルタント企業の日本支社に移籍し、シ ニアコンサルタントの肩書でCI部門のリーダーに就任。企業のイメージカラーなどを考案する仕事をしていた。
■宮澤みきおさんの妻・泰子さんの父親は在日の不動産ブローカーで、1983年9月2009_size5死亡。みきおさんと泰子さんは、1986年12月、自己啓発セミナーで知り合って結婚。
■泰子さんは1988年に資生堂を退職し、翌年から目蒲線の奥沢駅前で姉と共に学習塾を開設。
■犯行現場となった上祖師谷の自宅は、1990年5月、宮澤さん夫婦が泰子さんの母親や姉夫婦と共同で購入した中古住宅。
■購入後、平屋から三階建てに増改築し、1990年12月からは1階で泰子さんが公文式学習塾を開いていた。
■宮澤方の隣家には、当初、泰子さんの姉一家と泰子さんの母の4人が住んでいたが、泰子さんの姉は、在日の夫の事業のため家族で1992年から英国に移住していた。
 事件当時、姉一家のうち、妻子は長男の中学入学のため2000年4月に帰国、単身赴任中の夫も事件直前の12月24日にPhoto_2は帰国していて、事件当夜は家族4人の全員が隣家にいた。
■事件の発覚は、隣に住む母親の実母が、朝からいくら電 話 しても通じないことを不審に思い31日の午前10時55分ごろ、みきおさん宅を訪ね倒れているみきおさんを発見し事件が発覚した。と言われていたが、実際は泰子さんの姉の長男だったと伝えられている。
■玄関の鍵はかけられたままになっていたため、警察が調べたところ、玄関のカギは2個ついていて、犯人は2個ともカギをかけていた。玄関からとされていた逃走経路についても、2階浴室の窓からとの見方が強まっている。

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