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2009年12月21日 (月曜日)

街並み景観100年運動

人口の10倍、観光客呼ぶ山形県金山町
20090..12.20(日)の毎日新聞に、山形県金山町の「街並みづくり百年運動」のことがJsclin01特集された。
 金山町の街並みづくりのことは、新聞報道だけでく、テレビでも時 折大きく取り上げられることがあり、関心深いものがある。
 金山町は、山形県の北東、最上川水系の上流に位置し、北東は秋田県に接している。
 人口6700人、農地は1割、7割は山林の地域で、江戸時代から植林してきた「金山杉」は有名。また、「金山大堰」は食料の安定的な供給の基盤となっており、疏水百選に認定されている。住宅の殆どは金山杉を使った伝統的な工法の「金山型住宅」だという。http://mainichi.jp/life/ecology/news/20091220ddm010040014000c.html

金山町の鈴木洋町長(56歳)はNo165_01
「25年以上も街並みづくり運動に取り組んできたが、先日、うれしいニュースが新聞に出ていた。県が最上地域の8市町村に住む高校生にアンケートしたところ、「住みたい」と「一度離れても戻ってきて住みたい」の合計が金山町は7割で最も高かった。彼らはこの運動が始まってから生まれ育った世代。周囲の自然と調和した街並みづくりが気持ちのいい、住みやすい地域づくりにつながり、若者もそれを評価している結果が出た。金山町は1889(明治22)年に村として出発し、1925(大正14)年に町となってからも一度も合併していない。F0019498_15342647
街づくり運動は、元々は58年当時の町長の欧米視察がきっかけだが 、町長の斬新な呼びかけが町民から支持されたのは、地域としてのまとまりが強かったことが大きいと思う。」とコメント。

 明治11年(1878年)7月、英国の作家イザベラ・バード女史も金山を訪れ、その時の紀行文「日本奥地紀行」に『ロマンチックな雰囲気の場所である』と印象を述べている。
 景観は、この当時から変わらないという。街づくりに一貫性があり、ぶれないことが成功につながっていると思う。

   

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