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2009年11月21日 (土曜日)

トリノの聖骸布とロンギヌスの槍

11月21日(土)の新聞に「ローマ法王庁(バチカン)の歴史研究家バルバラ・フラーレさんは、キリストの遺体を包んだ亜麻布と信じられている『トリノの聖骸布33d』から、キリストの名前や「処刑された」と書かれた文字を発見したと発表した。20日付のイタリア紙レプブリカなどが伝えた。同国北部トリノの大聖堂に保管されている聖骸布をめぐっては、中世以降の偽物との説もあり論争が続いている。」ことが掲載されていた。同国北部トリノの大聖堂に保管されている聖骸布をめぐっては、中世以降の偽物との説もあり論争が続いている。フラーレさんは今回の発見で、本物である可能性が強まったと指摘した。聖骸布にはやせた男性の全身像の影が写っており、文字は顔の周辺で見つかった。非常に薄かったため、コンピューターの画像処理で、くっきりと浮かび上がらせた。その結果、キリストの生きていた当時、使われていたアラム語やギリシャ語、ラテン語で、処刑が行われたことを示す文字やキリストの呼び名だった「ナザレのイエス」の文字が見つかった。(共同)

 「トリノの聖骸布」は「ロンギヌスの槍」とともに、キリスト教信者にとって、その重要性と価値は永遠のようだ。
■「トリノの聖骸布」(せいがいふ)とは、 
イエス・キリストがゴルゴダの丘において、十字架刑で処刑されたとき、遺体を包んだと言い伝えられる亜麻布。長さ4・4メートル、幅1・2メートルで、男の人影が写っている。14世紀に十字軍によって中東からフランスに持ち帰られたといわれ、後のイタリア王家が入手、最後の国王ウンベルト2世の遺言で1983年、ローマ法王に献上された。現在は、トリノのサンジョバンニ大聖堂で保管されている。
■「ロンギヌスの槍」とは
ゴルゴダの丘で処刑されたキリストのとどめを刺した槍を、ローマ兵の名をとって、「ロンギヌスの槍」と呼ばれている。「その槍を持つ者は世界を制する」(聖なる槍 holy lance)との伝説があり、ナチスのヒトラーの野望は、ヴィーンのホーフブルク王宮で聖槍の霊感を受けた時より始まったという。現在、ロンギヌスの槍はウィーンのホーフブルグ宮殿の宝物館に展示されている。刃渡り約50センチ、幅約10センチ保存状態はきわめてよく、ほとんど錆びも無いという。しかし、この槍は偽物であり、本物は別の場所にあるとも言われる。

十字架刑」とは、
この時代の磔刑では、十字架にかかげられただけでは即死することはなかった。刑を受ける者は両手首と足首を釘でうちつけられ、体を支えられなくなり首周りを両肩が食い込むことで呼吸困難に陥って窒息死に至った。そのため、長引く場合は48時間程度も苦しみ続けて死んだと言われる。

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