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2009年10月25日 (日曜日)

鉄道の父・佐藤政養

佐藤政養 (さとう・まさよし)(※地元では「せいよう」と呼ばれる)(1821~18727明治10年8月2日、勝海舟邸で没)
 やや掲載のタイミングを逸したが、毎年、1 0月14日は鉄道記念日、「汽笛一声新橋を、はや我が汽車は離れたり・・・」の鉄道唱歌の生まれた日だ。この10月14日の決定には、山形県遊佐町升川(高瀬)の農家に生まれた佐藤政養が大きく関係している。それは、明治5年10月14日、日本で初めて列車を、新橋~横浜間を走らせることに成功した日であり、明治4年に「初代鉄道助(今の運輸次官)」に就任した政養の功績である。
  毎年この日に、吹浦駅前にある鉄道助の正装姿の政養像前で、偉業を讃える「政養祭」が開催されているが、この「」は、銅像が建立された昭和39年から続けられ、今では「遊佐四大祭」の一つとなっている。また、政養のことを「横浜開港の恩人」と呼ぶ人もいるという。それは、日米修好通商条約によって幕府が開港を決Satou_mめた三港のうち、横浜を強く推薦したのが政養だったからだという。
 

 政養は33歳のときに遊佐から江戸に出て、西洋の砲術や天文、航海術 などを学び、幕末から明治初期にかけて、多大の功績を残した郷里の偉人であるが、全国的には今ひとつ知られていない点が残念だ。

 因みに、「○○の父」と呼ばれる方々を数名あげると、
■「騎兵の父」は秋山好古(秋山兄弟の兄)
■「警察の父」は川路利良(初代・警視総監)
■「民生委員の父」は林市蔵 (第15代大阪府知事)
■「日本スキーの父」はレルヒ少佐(スキー術の普及)Photo

下段の地図は「遊佐町升川」あたり。右の写真は生家。

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