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2009年10月31日 (土曜日)

庄内地方の富樫姓の方々

 先般、郷里に住む甥の結婚式に参列したが、お相手の方は富樫さんだった。

 庄内地方に「富樫姓」が比較的多いことは前項でも紹介したが、富樫姓は、「勧進帳」の関守・富樫左衛門秦家が有名だ。そして、その子・泰景が鶴岡市(旧・温海町)砂谷(イサゴダニ)に住み着き、出羽の富樫の祖となったといわれている。
 結婚式の席上では、新婦側の殆どの方々が「富樫姓」でもあり、つい私のうんちくを披露することになった。そこで私が驚いたことは、こちらの富樫さん方は、数代前まで砂谷(イサゴダニ)に住んでおられた方々で、「私どもがその本家筋にあたる。」と言われたことだ。そして、砂谷には、数年前に全て引っ越し、今は無人の状態だということを知った。

  逆に驚かれたことは、砂谷(イサゴダニ)という地名は、 地元でも知る人_fig001が少ないのに、東京から来た男の口から出たことだ。という。私からは、「皆さん方は、富樫左衛門秦家の子孫にきっと間違いないので、家系図などを出来るだけ記録しておいて下さい」とお願いしてきた。私とは、遠縁であるがいつか再会することもあろう。その節は、もっと深いお話を伺いたいものだ。

庄内地方で、名を残した「富樫姓」の方を何人か紹介すると。
■第47代横綱柏戸は「富樫剛」鶴岡市(旧櫛引町)生まれ
■庄内砂丘の黒松の植林から砂防の人と呼ばれる「富樫兼次郎
■庄内砂丘イチゴの生みの親、十里塚の「富樫進
■日本海近海沿岸の養殖漁業の立て役者「富樫誠」 
現役でご活躍の方々では
■富樫ろうそくの伝統工芸継承者「富樫雄治
■彫刻家・成安造形大学名誉教授「富樫実」(旧櫛引町生まれ)
■鶴岡・市左衛門白山だだちゃ豆の「富樫護
■鶴岡ロータリークラブ会長「富樫松夫http://www.tsuruokarc.org/president.htm
■漫画家『幽☆遊☆白書』の作者「冨樫義博」(新庄出身)

義理人情にあつい富樫左衛門秦家の血を引く方々は、しっかりと庄内の地に根付いているものと思う。

地図は、鶴岡市砂谷付近

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