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2009年10月 5日 (月曜日)

「祗圓精舎」の鐘は鳴らない

 昨日、平家物語の「祗圓精舎」のことに触れたが、この祇園精舎の鐘は鳴らないという情報があるので、ここに記しておく。(「知って得する雑学」から引用)Map  

 平家物語に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」とあるが間違いだという。
「平家物語」を気にしたことのない人でも、この下りだけはご存じではないかと思う。実は、この言葉は間違いのようだ。「どこが間違っているのか。」、それは、「祇園精舎」は、インドの舎衛城のスダーッタという大金持が寄進した精舎です。この精舎(出家修行者が住む寺院・僧院)には、お釈迦様も何度か泊ったことがあるとされ、その年代もほぼハッキリとしており、お釈迦様の生年月日は、紀元前566年頃だから、その頃のようだ。

 ところが、この時代のインドにはまだ「梵鐘」はなかったことが、インド古代史研究者達の考証によって明らかになったという。「梵鐘」がなければ、鐘の音を聞くことは出来ません。よって、「諸行無常の響き」などあるわけがないのです。それでは「平家物語」の作者は、何をもとにして有名な言葉を冒頭にもってきたのでしょうか。

 それは、唐代の進宣が著わした「中夫舎衛国祇園寺図経」に、次のようなエピソードによったのではないかとされています。祇園精舎の西北の角には「無常院」と名づけられた病僧の療養所があり、その「無常院」の四隅には頗梨(はり)の鐘があって病僧の命が、まさに終わろうとする時、その鐘が自然に鳴り出して「随行無常、余生滅法、生戚戚巳、寂滅為楽」のの四句からなる偶(げ)を説きだす・・・・・といったエピソードですが、これをもとにして「戮園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」が創作されたのではないか、とされているという。

んー。分かったようで分からない。「祇園精舎の鐘の声」を覆すには、もっと調べる必要がある。

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