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2009年8月29日 (土曜日)

何ごとにも、感謝、かんしゃ!

 昨日は所用で、元・作曲家・遠藤実先生のご自宅を訪問することになり、ご遺景に手をPhoto_2合わせてきた。昨年8月以来、丁度1年ぶりの訪問だ。

 一冊の本が自宅本棚にある。遠藤先生から直接いただいた、自伝『涙の川を渉るとき』である。表紙の裏にサインを頂いたが、ご家族によると、昨年の9月始めに入院し12月6日に亡くなったので、私が頂いたサインが最後ではと話してくれた。有難味が倍加し、再度を読み返してみた。

 遠藤実自伝『涙の川を渉るとき』―歌という友がいる―
 本のタイトルには、「こんなにも貧しい日々を生きた少年がいた」「貧しさに挫けず夢を抱き続けた青年がいた」「心の歌は彼の掌の中で温められた小さな希望から生まれた。からたち日記から北国の春まで、遠藤メロディの水脈を辿る旅。」とある。
 少年時代の貧乏生活は想像を絶する。14歳で紡績工場に就職するも、歌の好きな少年は地方に来た楽団に入団し、星幸男として歌手デビュー。しかし楽団もすぐに解散し、その後は日雇い仕事やら門付け芸人の放浪芸、農家の年季奉公と極貧生活がつづく。だが歌手になりたくて17歳の時、家族に黙って東京へと出奔する。  
東京では「流しのえんちゃん」として売れない流しの生活が続く。その間オーディションを何度も受けるが、ことごとく失格。「あんな汚い格好で、しかもあの顔で歌手になれると思っているのかね」。レコード会社の連中は見てくれで判断していたのか。歌手はImg005諦め作曲家に転身。初のヒットは、「お月さん今晩わ」。その後島倉千代子の「からたち日記」、こまどり姉妹の「三味線姉妹」と続く。

 そして昭和38年、舟木一夫の「高校三年生」。「赤い夕日が校舎を染めて ニレの木陰に弾む声 ああ 高校三年生 ぼくら離れ離れに なろうとも クラス仲間は いつまでも」のヒットから連続して学園ものが当たった。

 「高校三年生」は、遠藤先生も舟木一夫も、高校生活を体験していない者同士から誕生したヒット曲だったという。先生は、学園生活の体験がなかったのでイメージを膨らませるために、いろんな高校を外から覗きに出かけたという。 このような努力が一連の学園もののヒットにつながったのであろう。また、先生は晩年、「何事にも、感謝、感謝」と言うことが口癖だったらしいが、頂戴した本の表紙裏にも「かんしゃ」とサインしてある。私には、いつこのような心境になれるのだろうか。

 はじめて知り合いになり、名刺交換する際、先生は五線譜入りの名刺に「住所・電話番号」を記入しながら、「これは特別の名刺です。」と言いながらPhoto戴いた頃の、お元気な姿が懐かしい。

自伝『涙の川を渉るとき』の締めには、このような詩がある。

人の世に涙の川があり
苦労の山がある
その川を渡るとき
その山を越えるとき
歌という友がいる

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